命の残りを示す粘度計のようなものがあったら。

人の死は避けることができず、平等にすべての人に訪れます。
突然なくなる方もいれば、時間をかけてなくなる方など千差万別。
後悔先に立たずとは、いいますが、
これだけしたからいつなくなっても満足ということにはならないのですから、
不思議なものです。
受験や何かの結果発表のように、時間が定めらていて、
命の残りを示す粘度計のようなものがあったら便利なのかなぁ、とも思うのですが、
先ほどのようにこれだけやったから満足ということはないでしょうから、
大した意味はないのかもしれません。
毎日のやることに忙殺されがちですが、
大切なひととは、特別でない毎日を共有することが一番ということなのかもしれません。

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